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錦戸亮と共にいつまでも...©

錦戸亮なしの人生は考えられない。そんな私が勝手気ままに綴るブログ。理想ばかり棚に並べて、都合のいい夢ばかり見てます。錦戸亮中心主義☺︎

長い時を経ての十祭

年末ということで、平日の朝から、久々にDVD鑑賞。発売直後に見たっきり、中々見れてなかった "十祭"。改めて見て.......うん、色んな感情が溢れた。

私自身、十祭はエイトで初めて全滅したイベントだった。だけど、ライブの1週間前にかかってきた1本の電話*1によって、結局初日に参加することが出来た。そういった意味でも、個人的にすごく思い入れのあるイベント。


久々に見ながら、"あーweeeekで泣いたな"とか、"修二と彰 格好良かったな" とか、色々思い出して。


そして、"いっこにこにこ" から "ありがとう" まで来た時に、とても切ないというか、遣る瀬無い気持ちになった。

彼らってみんながみんな、メンバーとグループに対する愛が深くて重すぎる。あまりにも、思いが強すぎて、この子たち大丈夫かな。って、とても不安になった。

もし、何か一つ。一つでも崩れる時が来たら、その時には、全てが夢幻の如く、崩れて消えて行きそうでとても怖い。

そして、最後の挨拶を見て、より一層その思いは増した。

『強みって、視点を変えてみると、弱みにもなり得るから怖いな。"強みと弱みは表裏一体" って、こういうことだな。』なんて、納得しなくていいようなところで納得してしまった自分がいて、余計に、なんだかとても怖い気持ちになった。

関ジャニ∞笑って迎えられる明日 が、1日でも多く来ることを願ってる。うん。心の底から。

永遠なんてないけど、せめて、7人の思いだけは永遠だといいな、なんて改めて思った。(いつかその日が来たとしても、7人の絆と関係だけは、終わらないで欲しい)


そして、十祭オーラスの錦戸くんの挨拶。実は私、見るの二度目。これ、ダメだね。ダメなやつ。

彼はいつでも孤独の中を生きてると思ってた。物理的にも心情的にも、他の人と溝ができる(っていうと言葉が悪いかもしれないけど)のは致し方ないことだったと思うし、距離を感じてしまうことが多々あったと思ってて。いつも独り、孤独という闇の中(大袈裟だけど)を歩き続けてるように思ってたから、そんな彼が "居場所" を見つけたと、自らの声で教えてくれたことが嬉しかった....。(雑誌の文面とかではなくて、自らの声というのが大きなポイント)
(.....と、同時に、いつもいつも色んな人に迷惑をかけてると感じながら頑張ってた思うと、事務所が憎くなる)

そして、"いつも笑って迎い入れてくれて" って言葉。きっと彼は、メンバーが優しいからそうしてくれてた と思ってるんじゃないかな?なんて。確かに、エイトのメンバーはドがつくくらい優しいし、温かい。けど、優しさだけで出来てる人間なんて、この世には居ないと思うんだ。何が言いたいかって、だから、優しさだけがそこに存在したなら、多分、笑って迎い入れてくれなかったと思うよ。
錦戸亮が、あなた自身の足で立って突き進んで来たその道が間違いではなくて、そして、錦戸亮という存在がグループには無くてはならない存在だったからなんじゃないかな?って。だから、申し訳ないとばかり思わないで、たまには、もっと自分のことを褒めても、認めてもいいんじゃないかな、なんて。そこには、必ず居なくてはならない、唯一無二の存在なんだよ。(これは錦戸くんに限らずメンバーみんな)

錦戸くんが頑張ることを止めない以上、愛想を尽かすことはないし、立ち止まって、頑張ることをやめる日が来たとしても(恐らく絶対に来ない)、愛想は尽かさないと思うから、頑張ることも良いけど、無理しない程度でいいからね。と改めて十祭見て、1年越しに思った。

人の考え方とか、感情とかって一分一秒変化してるから、また、1年後に見たら違う感情を抱くんだろうな、とは思うけど。

これを契機に....なのかは、よく分からないけど、十祭あたりから急激に大人になった錦戸くんの2016年の成長もかなり楽しみ。


7人が楽しく仲良く笑って過ごして行ってね。


*1:復活当選の電話